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2007/01/14(日)

『東京 飛行』感想

| 『東京 飛行』感想 - バベルの塔または火星での生活 を含むブックマーク 『東京 飛行』感想 - バベルの塔または火星での生活 のブックマークコメント

東京 飛行

東京 飛行

発売から1ヶ月以上。ずっと沈黙を貫いてきたが、はじめて『東京 飛行』について書く。

最新の感想

はじめて、歌詞を読みながら聴いた。ついに「歌」が聞こえてきた。あぁ、こういうことを歌っていたのか。言葉を重視したアルバムだったのだ。音楽が「主」で言葉が「従」だった今までとは、まったく逆の関係なんだな。

色褪せた印象しかなかった歌詞カードが、ようやく色彩を帯びて見えてきた。「髑髏」というタイトルに代表されるように、漢字に非常に気を配っているのがわかる。このアルバム、歌詞を先に書いて、曲は後に付けたのかな?

「13号室」。へぇ、そういう歌詞だったのか。ハードなリフの必然性がようやくわかった。

明日の神話」の歌詞のなんとシンプルなことか。この曲の歌詞だけ他の曲とまったくカラーが違う。このアルバムの中で最も最初に書かれた歌詞なのだから、当然なのだが。メロディにぴったりと寄り添う歌詞。自分に馴染みの田島の歌詞だ。

それでわかった。このアルバムの曲の歌詞は、情報量が多すぎるのだ。よくいえば「文学的」なのだが、書き言葉で読まないと、それがまったく伝わってこない。少なくとも「音楽的」ではない。何を歌っているのかわからない、まったく染み込んでこないのも当然だった。聴き方を違えなければいけなかった。

遊びたがり」は、ラスト曲には弱いと思っていたけど、歌詞を読んでその意義が少しわかった。これは「セレナーデ」のような、切なくも浮かれた曲だったんだ。そのままエクトプラズムが飛んで、「東京 飛行」というわけか。なるほどね。

引用っぽくしているが、もちろん自分の感想。ようやく、このくらいには気分が落ち着いてきたなぁ、とまるで他人事の気分で書いてみた。

しかしこの境地にたどり着くまでが、七転八倒だった。聴くたびに感想を残していたのだが、今読み直したら、とても載せられるような内容ではなかった。

以下に、今の時点でのありのままの感想を残してはおくけれども、とても心臓に悪い内容であることは、釘を刺しておきます。上の感想に共感するところのない人には、単なる罵詈雑言にしか読めないかもしれません。まぁ、こんな程度の耳でもファンブログをやっていけるんだな、というくらいの気持ちで読んでください。

全体的な感想

現時点では、ほとんど受け入れられない作品。今でも拒絶感がある。これほど反りが合わないのは、『結晶』の後にその路線を期待して聴いた『EYES』以来。

そのときは、ORIGINAL LOVEについて何の知識も情報も知らないころだったから「所詮、趣味ではなかったのだ」とアッサリ諦められたのだが*1、今回は状況がまったく違う。それだけに自分でも戸惑っているわけなのだけど。

結局今作は、『EYES』のとき持った印象と同じで、とても色の褪せたアルバムという感じがした。それを「大人」という言い方でポジティヴに捉えることもできるのだろうが、むしろネガティヴに「枯れた」という印象の方が強かった。いつも「新しい引き出し」を見つけられることにORIGINAL LOVEを聴く喜びがあったのだが、今回はその引き出しをまったく見つけることができなかった。手癖で作っている…とまで書いては言い過ぎかもしれないが、焼き直し感を強く感じた。

自分の側にも原因はあった。シングル「明日の神話」を聴いたとき、その内容の淡白さに、「ローテンション」な状態でアルバムを聴くことになるだろう、と予言した。アルバム発売までの短い時間にその気持ちも収まるかもしれないと、わずかな期待はあったが、結局状況は改善しないままに聴くことになった。さらには、私生活でも鬱的な状態になってしまって、耳も気持ちもガチガチに堅くなってしまった。

それで、何度聴いてもダメ。最初のハードルでつまづいてしまったために、飛ぶたびに次のハードルに絶妙に引っかかっていくような感じ。ポップであるのはわかる。聴きやすいのもわかる。しかし音に力がない。「音楽」がとにかく自分の中に入ってきてくれない。音に感情が移入できないから、歌もなにを歌っているのかさっぱりわからない。虚心坦懐に聴くように努めてもダメ。これは、『L』のように荒んだ心に水を与えてくれるようなアルバムではなかった。

今でもこのアルバムでなにがやりたいのか、うまく理解できない。いくつかのインタヴューを読むと「映画のようなアルバム」と言うのだが、自分は映画を観る人種ではないためなのか、それがサッパリわからない(ロードムービーってなにさ?)。音楽的なことから逃げている方便なんだろうか、というマイナスの感情さえ湧いてしまう。

ニガテなあたり

「2度目のトリック」「13号室からの眺め」「ZIGZAG」がまったくダメ。こんな凡庸な曲を聴くためにORIGINAL LOVEを聴いているわけではない。

大丈夫なあたり

髑髏」「カフカの城」。しかし、「カフカ」がベストチューンなあたりも、ガッカリした原因のひとつ。なぜなら、今までなら"それ以上"の曲が必ず1、2曲はあったからだ。ただし、「遊びたがり」がそれになりそうな予感はある。

明日の神話」は、だいぶ好きになった。「夜とアドリブ」は、「明日の神話」~「ZIGZAG」という「シングルそのまんま」という流れを食い止めるには、少し弱かった気がする。もちろん曲自体は、キライなわけがない。セルフカヴァーということを差し引いても。

微妙なあたり

ジェンダー」「オセロ」。ローリングストーンズの『山羊の頭のスープ』の1曲目のような「ジェンダー」がキライなわけはないだろう?と自分でも不思議に思うのだが、サビがつまらないのと、このくらいの曲なら10年前にも書けたろうというイマサラ感があった。3年くらい経って、「新曲」という気分でなくなれば、気に入って聴くことになるだろう。「オセロ」も同様。

「飛行、エクトプラズム」は、単品では好きなのだが…アルバム全体が受け入れられない現状ではね。


*1:「接吻」のせいで、戻ることなった。

SWEET SWEETSWEET SWEET2011/06/30 19:03予告通り、映画から読み解く「東京 飛行」論、行ってみたいと思います。


まずはじめに。
「東京 飛行」についての興味深い考察や議論は、すでにkeyillusionさんのエントリの中で、充分楽しむことができます。
なので、ここでは「映画」というキーワードを元に、暇つぶしのコラム的に、自分なりの切り口で「東京 飛行」の印象をまとめてみたいと思います。もちろん長いです。


「東京 飛行」発売時のインタビューのなかで、田島貴男はこのアルバムについて「ロードムービーのようなアルバムかもしれない」と答えていました。
たしかにアルバム全編を通して聴くと、ひとつの繋がった流れがあるように感じます。
映像を喚起させながら1曲ごとに舞台を変えて進んでいき、聴き終わる頃には、どこかからどこかへ移動したような感覚になります。

同じく映画的という意味では「ビッグクランチ」というアルバムもありますが、あちらがなんでもありのド派手なハリウッド感を打ち出していることに比べると、「東京 飛行」はもう少しおとなしい、モノクロのざらついたフィルムと言えるかもしれません。
もしくは、「ビッグクランチ」が全米興行収入No.1だらけのシネマコンプレックス的だとすれば、「東京 飛行」は完全に単館上映。元気なアホらしさは影を潜めています。


では何をもってロードムービーと例えたのでしょう。
ずばり言うと「ジム・ジャームッシュ」だと考えます。

ご存知ない方に説明すると、このジャームッシュという人は、ニューヨークを拠点とするインディーズの映画監督です。権力嫌いの変わり者で知られ、長いこと自分のやり方で好きなように映画を作ってきました。
おもに白黒での撮影を好み、乾いた笑いを交えながら、わりと独自のテンポで展開していくロードムービーを撮っています。

この人を一言で言い表すと、とてもセンスがいい。
アクが強いけれども押し付けがましくない、懐かしいのに新しい、良い意味で自分のペースで撮り続けている、ちょっと変わった男なんです。
ジャームッシュは無類の音楽好きとしても知られていて、映画の中の選曲も抜群ですし、自分の作品にトム・ウェイツやジョン・ルーリーなどのミュージシャンを出演させたりもしています。

ちなみにベスト盤「変身」のスペシャルエディションである「変身セット」に付属されていた「TEN YEARS AFTER」というドキュメンタリー映像は、ジャームッシュが撮った「YEAR OF THE HORSE」というニール・ヤングのドキュメンタリー映画のモロパ・・、オマージュです。



つまりドンズバなんですね。田島さんはジャームッシュが大好きなのでしょう、おそらく。
そりゃあそうです、この人の映画、めっちゃくちゃ面白いんです。田島ファンならばおそらく、洋楽ファンならなおさらアンテナに引っかかる映画監督だと思います。

パーツでいうとまずジャケ写。粗めのモノクロ写真とハット、白いセダン。この雰囲気は「ストレンジャー・ザン・パラダイス」辺りの作品にかなり近い気がします。
「デッドマン」という作品は、無実の罪で追われる身となった男が、胸に銃弾を受け命をなくしながら、死に場所を探して彷徨う物語です。「カフカの城」に登場する男も胸に穴を開けられたまま行くあてもなく彷徨います。似ていませんか(実弾は受けていないでしょうが)。


調子に乗って続けますね。「東京 飛行」のラスト、終わり方には賛否両論あるかと思います。「遊びたがり」で楽しげに終わってもよさそうなものですが、そうはならず「エクトプラズム、飛行」の不穏な空気で幕を閉じます。
これをジャームッシュ縛りで考えてみると、「ナイト・オン・ザ・プラネット」という作品に行き着きます。

5つの都市を舞台に、タクシードライバーと乗客の交流を描いたオムニバスで、各都市の特色が出ていてなかなか面白い映画です。
その中のニューヨーク編は、移民のため英語もダメ運転もダメなドライバーが、黒人の乗客に運転を代わってもらい、立場が逆転したまま噛み合わないままで目的地まで向かうという話で、移民のドライバーがなかなか馴染めない大都会での生活の中で、ほんの少し街(乗客)の温かさに触れるというエンディングを迎えます。
ところがこの物語は笑顔で乗客と別れたあと、ドライバーが街ですれ違うサイレンのを見つめながら象徴的にフェイドアウトしていきます。とても不穏です。だけれども、ニューヨークという街をよく表しているシーンだとも言えます。流れている音楽はフリージャズ。

「東京 飛行」が街の「不在感」を描こうとしたアルバムだとすれば、「エクトプラズム、飛行」で終わるという展開は、みんなが見ないようにしていた、ありのままの姿を描いた結果だったのかもしれませんね。


ジャームッシュ映画の持つモノクロ感、ドライな登場人物、ユーモアのセンスと「東京 飛行」に流れる空気感はかなり近いものを感じます。いや、このニュアンスを落としどころにしたいという、アルバムの全体像が頭の中にあったんじゃないかなあ。

以上です。貴重なスペースを使わせていただき、ありがとうございました。