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バベルの塔または火星での生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード



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2009/04/23(木)

ここがイヤだよ『東京 飛行』

| ここがイヤだよ『東京 飛行』 - バベルの塔または火星での生活 を含むブックマーク ここがイヤだよ『東京 飛行』 - バベルの塔または火星での生活 のブックマークコメント

東京 飛行

東京 飛行

ここをお読みのみなさんは、現時点での最新作『東京 飛行』を最近聞いてますか?

2年前の発売当時の評判は芳しく、ハッキリ言ってこの作品にブー垂れて拗ねてたたのは自分くらいじゃなかったのかと思うのだが、果たして今でも当時のような高評価をキープし、「名盤化」への道を辿っているのだろうか? 「アンチ」の立場から、おせっかいながら気になってしまう。

今「アンチ」と書いたが、そんな自分は、実は今でもかなり『東京 飛行』を聴いている。それは、「このアルバムの、どこがどうして気に食わないのだろう?」というのが、未だに自分の中で消化できていないためだ。ここから辿っていただければ確認してもらえるが、「ニガテなあたり」「微妙なあたり」「大丈夫なあたり」の3つのカテゴリに分けたこのアルバムの感想は、今でも大きく変わっていない。ニガテなやつは相変わらずニガテで、大丈夫なやつはむしろ「大好き」になってきている。

さてそんな一方で、最近『RAINBOW RACE』を精読ならぬ精聴している(その成果は近いうちに書き込む予定)。その結果として、『RAINBOW RACE』というアルバムは、音楽と歌詞のヴァランスが、オリジナル・ラヴのアルバムの中でも最も良いアルバムではないかという感を強くしている。

そこから逆に気づいたことが、『東京 飛行』は、音楽と歌詞のヴァランスが、今ひとつよろしくないアルバムなのではないか、ということだ。結局、これまで『東京 飛行』へ向けていた自分の辛辣な評価は、サウンドへ向けてのものではなくて、歌詞へ向けてのことだった、ということだ。

詳しく述べていこう。まず、先日のエントリで、こんなことを書いた。

「ピストル・スター」のリリースにはじまり、『キングスロード』『東京 飛行』と、最近はすっかりソリッド感のあるギターサウンドに凝り固まってきたオリジナル・ラヴ。個人的にはどうにも馴染めないでいたのだが、

この「馴染めないでいた」の内容が(上記リンクでは『東京 飛行』へだけリンクしてしまったのだが)、実は「ピストル・スター」、『キングスロード』、『東京 飛行』のそれぞれで微妙に違っていることに、後から気づいた。

つまり、「馴染めない」でいるのは、「歌詞」か「曲(アレンジ)」かの"どちらか"なのである。まとめると、こんなマトリクスになる。

曲名歌詞曲(アレンジ)
ピストルスターNGOK
きみのとりこOKNG
さよなら、ルビーチューズデイOKNG
2度目のトリックNGOK
13号室からの眺めNGOK
ZIGZAGNGOK

つまり、「歌詞も曲も両方ともNG(聴くに堪えない)」という曲が、実はないのだ。

ピストルスター」と『キングスロード』の曲に関しては、過去ログを読んでもらえればその理由を明確に書いているはず。しかしその一方で、『東京 飛行』の3曲に関しては、そのあたりをゴチャゴチャにして書いていることに気がついた。

そこに気がついたきっかけが、先にも触れた『RAINBOW RACE』であった。このアルバムの曲は、「音楽」と「歌詞」が実に自然に溶け合って、まさに「歌」として完成されている。その完成度と較べてしまうと、この『東京 飛行』の「ニガテ」な3曲には、「歌」として聴いたときに、音楽と歌詞との相性が悪くて、曲全体にひどい印象が与えられてしまう。「ニガテな曲」についてのエントリでは、音楽的なことについてだけ批判しているように書いてしまったが、その根本的な原因は、実は歌詞の方にこそあった。

今なら具体的に指摘できる。「2度目のトリック」の、「失くしたはずの欠片に」とか「2度あることが3度あってもなくても」というあたりのメロディからはみ出した字余り感。「13号室からの眺め」の、「サーティーン!」という工夫のない歌詞。「ZIGZAG」の、とにかく「後ろ向き」な姿勢の歌詞。

現に、「ZIGZAG」のインスト版を聴いたときの印象はかなり良かったし、今でもそう思っているくらいだ。(http://originallove.g.hatena.ne.jp/keyillusion/20061030参照)

ということで、「個人的にどうにも馴染めないでいた」のは、サウンドではなくて歌詞だった、というのが今日の結論。あー、なんかスッキリした。


「『ZIGZAG』の『後ろ向きな』姿勢の歌詞」 について

このことについて、はっきりと書いた覚えがないので、ついでに記しておく。初めて聴いたときから違和感があったのだが、今聴いてもどうしてもいい方に解釈できない。

素直に聴けば、この曲は「人生そんな都合よくいかないんだからさ、むしろ回り道をしてやるくらいの勢いで行こうよ。今はダメかもしれないけれど、できることから今やろうよ!」という、「前向き」な曲であるのだろう。

ところが、他ならぬ岡本太郎的な解釈をしたら(「明日の神話」のカップリングなのだから、こう解釈されても仕方ないだろう)、そんな甘っちょろいことを言っている場合ではないのではないか。そのすべての原因は、わずかこの一節に収斂する。

もしもチャンスがもう1回巡ってきたときの日のために

なぜ、この切羽詰った「今」という瞬間に、そんな都合のいい未来を期待するのだろう? この「今」は、その「チャンス」とやらの「準備」段階でしかないの? 「今」のこの曲の存在価値も、そんな程度のものでしかないの? そんな気持ちでは、「今」に隙が生まれるに決まっているじゃないの。さらには、「もう1回」だって? 「人生積み減らしだ」って言っていたアレは何だったの? 「一期一会」という言葉を知らないの? そんな疑問が次から次へと浮かんでしまう。

この曲の、おっと、この曲の"歌詞"のダメなところは、この後ろ向きさ加減にあると思う。他でどんなに「奇麗ゴト」を言っていても、サビのこの一節が全てをぶち壊してしまっているのだ。

改めて、岡本太郎自身の言葉を引用しよう。

心を入れ替える、なんていうの は卑しい・・・今がすべてだ。いずれあるものならば、今、必ずある。今ないものならば将来にも絶対にない。

本当にキビしい人だよ…。オレにはなかなか付いていけない…(自分は太郎シンパだからこんなことを語っている、わけではないのである)。

なお、自分とは違う観点から「ZIGZAG」の歌詞の不満について述べているrararapocariさんが書いたこの分析も、ぜひ参照されたい。

http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20061221/OL

「そばトーストめし」の喩えは、鮮やかすぎる。コメント欄でのやりとも、また非常に興味深い。この曲への解釈は、まさに一様ではない。ここで述べたことも、ほんの一面でしかないことは、書いた自分が一番良く知っている。



[追記]このエントリだけを読んでアンマリだ、と思われたら、http://originallove.g.hatena.ne.jp/keyillusion/20090508/tokyohikoも読んでください。ここと対になるエントリです。