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バベルの塔または火星での生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード



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2009/07/03(金)

『東京 飛行』にアンチはそんなに多くない

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旧知の縁があるhiroumiさんが、拙ブログについて取り上げてくれた。(サイト移転に気づいたのはこちらも最近なので、お互い様なのです)

その中にアルバム『東京 飛行』への言及があったのだが、
筆者さんおよび、その記事についたコメントから、
このアルバムが意外に不評だということに驚いてしまった。

オリジナル・ラヴ『東京 飛行』にアンチが多くて驚いた件::トーキョーオンガクサイト

ほぼネット上のみで長い付き合いがあるので、hiroumiさんの「口調」はよく知っている。だから、ここで「アンチ」と書かれていても、決してネガティヴな意味で書かれていないのはわかっている。純粋に好きか嫌いかの話だけだ。

たしかに自分は、『東京 飛行』については「アンチ」な意見を持っている。そしてたぶん、最新のエントリでのやりとりが、たまたまアンチな方向での(それでもだいぶ前向きな結論での)やりとりだったので、hiroumiさんは上のように感じたのだろう。

だけれども、そんなにネガティヴなのって俺だけ、ですよ。たぶん。

リリース直後の感想は絶賛の雨アラレだったし、その後も、ここ以外でアンチな意見にお目にかかったことがない(某巨大掲示板を除いて)。

というよりは、実際はこういうことだろう。リリースから時間が経っている今、改めて『東京 飛行』について再評価している人がほとんどいない。その一方で、自分だけがリリース後2年半に渡ってネチネチとこのアルバムについて語っている。だからアンチだけが「多く」見えてしまうのだろう。

しかし、こんなにネチネチしてしまっているのは、ひとえに田島のせいだ(笑)。つまり、新作のリリースが2年半もないせいだ。もし新作が短いスパンで出たならば、きっとこのアルバムは、hiroumiさんの言うように上手に「スルー」できたことだろう。

目下このアルバムへの評価は、「ものすごく暗い悲しい作品」というものなのだが、その暗いトーンがイヤなのではなくて、暗い気持ちのままで放っておかれているあたりが耐えられないのだ。ライヴでもわかるように、田島の音楽の本質は、「生きる喜び」の音楽化にあるように思っているので。

hiroumiさんに一つだけ「反論」があるのだが、それは、

俺にとってその音楽が好きか嫌いかは体で感じればいいと思っている。

というところ。これは自分も同じ考えだ。音楽には体感がまずありきで、頭で考えるのは2次的なこと。ただし、考えることは嫌いではないし、しかもここはブログなので、どうしてもその「考え」だけが前面に出てしまう、というだけである。(まぁ、わかってくださっているとは思うが)


ところで、ここまで読んでくださったアナタ*1にお願いがあるのだが、『東京 飛行』が素晴らしい!と思っている方は、ぜひ下に肯定的なコメントを残していっていただきたい。一言でも結構。このままでは、あなたの大事なアルバムが誤解されたままになってしまうので。

***

あとは反論、ではなくて、自分と違う感じ方をしているのが面白いので、コメント返しです。

さらに驚いたのは、皆さん結構歌詞とかもじっくり読んでいるんだなと。

東京 飛行』の一番いいところは歌詞じゃないですかね。歌詞以外に見る所がない…と書いたら言いすぎになりますか(笑)。少なくとも、あくまで個人的な印象ですが、歌詞と音楽のクオリティとがチグハグな感じがします。歌詞がメロディからはみ出している部分が多いのも気になります。

俺は『街男街女』は好きじゃないし、『キングスロード』は無かったことにしたい。

街男 街女』の「鍵、イリュージョン」は、田島の音楽家としての一つの集大成だと思います。アルバム全体も、それを支えているように思います。そして『キングスロード』は、B面だけならば(笑)充実した傑作だと思います。

*1:ツアーのおかげで最近のアクセス数は普段の数倍である。

2009/05/14(木)

補注・「ここがイイのか?『東京 飛行』」

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前エントリ「ここがイイのか?『東京 飛行』」では、当時から2年前の『街男 街女』の時のインタヴューを根拠にして論を展開していた。

それでは、その間に田島の考え方が変わってしまっていたとしたら? もちろん、自説は瓦解する。

ということで、『東京 飛行』の時のインタヴューで実際に田島はどのように述べていたのか、自説を「仮説」として、検証してみた。


参照した雑誌は以下の3誌。

『音楽と人』2007年1月号

http://www.usen-magazine.jp/oh/0701.html

『MARQUEE』vol.58

http://www.marquee-mag.com/backnumber/vol_58.html

MARQUEE vol.58 マーキー58号

MARQUEE vol.58 マーキー58号

『MUSIC MAGAZINE』2006年12月号

「喪失感」に溢れている、という仮説

今回は、地に足がつかない浮遊する感覚がテーマにあって。糸の切れた凧のような感じっていうかね。存在感というより、不在感。街に暮らしている都会人の拠り所のなさ、どこにも拠り所がないのが普通の感覚じゃないかなって気がしてね。

MARQUEE Vol.58

「欲望系、煩悩系」、という仮説

まあ情熱というか、行き場のない情熱が……ほとばしろうとしして、せき止められてるというか(笑)

音楽と人 2007.1

「暗い悲しい作品」、という仮説

街に生きている人間の不在感みたいなものを描いたやるせない悲しいアルバム。

MUSIC MAGAZINE 2006.12

すべて、田島自身の言葉(インタヴューにおける)である。

…ということで、案外的を外していなかったことにホッとした。

まぁ、その2年間で田島の考え方に大きな変化がなかったのは、わかっていたことだったので、当然といえば当然なのだが。

まだ語り尽くしていない部分

しかし逆に、これらの雑誌を読み直して、自分が触れてない部分で、田島が共通して語っていることがあることに気がついた。ここまで絡めて『東京 飛行』についてまとめることができればいいのだが……それにはまた、29ヶ月*1必要なのかもしれない。

「男と女」

夜とアドリブ」は単純にイメージでパパパッと作ったんだけど、イメージの飛躍を面白がって作った。でも、他の曲はそうじゃないですね。「男と女はもっと向かい合うべきだ」というテーマがある。(中略)

そう、男と女がすべてです。シンガーソングライターは、絶対にそこを避けて通れないんじゃないの?

MARQUEE Vol.58

(岡本)敏子さんと太郎さんの関係とか、自分の恋愛のことを考えたりしているうちにこういう風(注・「明日の神話」)になったんです。そこから<ジェンダー>という曲ができたりして、結果的にアルバムにつながっていきましたね

MUSIC MAGAZINE 2006.12

僕は、あのー……もう性についてずっと唄ってきたんでね。もう、ほとんど男と女がすべてだと思ってます。アハハハハ! 恋愛至上主義者ですね。依存症じゃないんだけど。そういう部分は自然に大きくあるなと思います

音楽と人 2007.1
「音楽=人生」

うん、だから……人生についてのアルバムなんだよ、きっと! 『街男 街女』も『ムーンストーン』も、ここ何作かは、自分の人生があって、いろんな人の人生を見て……っていうことを表現しちゃった。(略)<アート=人生>って岡本太郎さんが言ってたけど、今はそういう表現がしたい時期なんだなあと思いますね

音楽と人 2007.1

人間の葛藤を自分自身を通じて音楽で描いていきたい時期なんだろうな、今は。人に泣けるっていうかさ。だから、そう、ブルースですよね。その人が本当に悩んだり葛藤したりしていることを歌にしているよなのが好きなんだな、僕は。

MARQUEE Vol.58

かっこつけずに生きるのって難しいけど、やるからにはそれを音楽で表現したいですよね。歌と言葉を聴いて欲しいっていう風に、アートから芸能にシフトしてきてるのかも知れないな

MUSIC MAGAZINE 2006.12

*1:現時点での『東京 飛行』からのリリース時間

2009/05/08(金)

ここがイイのか?『東京 飛行』

| ここがイイのか?『東京 飛行』 - バベルの塔または火星での生活 を含むブックマーク ここがイイのか?『東京 飛行』 - バベルの塔または火星での生活 のブックマークコメント

先月23日に書いた「ここがイヤだよ『東京 飛行』」と対になるエントリです。

上では相当ひどいことを書きなぐったものですが、それというのも実は今日のエントリでのフォローを意識してのものでした。

上を書いたときは、まだこちらのフォロー側で書きたいことが漠然としていて、誰かのツッコミを期待して(それで考えがブラッシュアップできると思ったので)あえて極論的に書いたのですが……まぁ、案の定、ナシノツブテだったわけで。でもまぁ、結局自己解決しました。

東京 飛行』について書き連ねるのは、これが決定版かも。

長いです。


もう2年以上も前になるが、『東京 飛行』の「マイレヴュー」で、

このアルバムのキーワードは、「喪失」である。

と書いたことがあった。書いた当時には、もちろん満足していた結論だったが、その後何度も『東京 飛行』を聴いていて、どうもそれは表面的な特徴でしかないように思えてきた。もっと何か、言い足りていない本質的な何かが奥底にあるように感じてきたのだ。

それが何なのか?とずっと答えを探しあぐねていたのだが、最近、過去の自身のブログを見ていたら、『街男 街女』(2004年)のインタヴューに引っかかった。

僕っていうと『接吻』みたいになっていてね。どっちかっていうと、ああいう官能的な歌を歌うのって、僕は得意なんですよ。それで、ほかにそういう歌を歌ってる人がいるかっていうといないような気がして。欲望系、煩悩系っていうか、そこをちゃんと歌にしてやっていけないもんかなっていうふうに自覚してきました。そこの席が今空いてるな、日本では。だから僕はそこをやってみようかなって。

エキサイト:ミュージック(音楽)インタビュー・Original Love

この「欲望系、煩悩系」という言葉を見つけて、ようやく全てがパタパタカラカラと、うまく繋がったような気がした。

「欲望系、煩悩系」という言葉。このインタヴュー時の『街男 街女』のときは、「沈黙の薔薇」や「鍵、イリュージョン」などがあったから、それほどピンとは来なかった。しかし、それ以後の『キングスロード』『東京 飛行』で考えてみると、相当シックリとくる言葉だ。

キングスロード』の先行シングルの中にあった「ピストルスター」も、「きみのとりこ」も「さよなら ルビーチューズデイ」も、あのギターの音は、まさに「煩悩」の音楽化なのではないのかな。

とくに『東京 飛行』は、「欲望/煩悩」という言葉を念頭にしてこのアルバムを聴きなおすと、実に印象が変わる。「ジェンダー」の男と女のせめぎあい、「オセロ」の白黒付かない情念、「2度目のトリック」の未練がましさ、「13号室からの眺め」の暑苦しい絶叫、「ZIGZAG」のドス黒い部分にこそ宝があるという格言、そして「煩悩」の塊が浮遊する「エクトプラズム、飛行」…。まさに「欲望渦巻く」といった形容が相応しいアルバムではないだろうか。「『お前、悪いやつだな』といういい音がするの」と田島が言ったソリッドなギターの音色も、その欲望を掻き立てているサウンドのように思えてくる。

そして、このインタヴューの中で、『東京 飛行』へ自分が不満に思っていたことの答えが、まさに田島の言葉に在った。

田島:(前略)僕の声で歌ったら、いい感じの「ダメな歌」になるだろうなって思いました。

Excite:ダメな歌ですか(笑)。

田島:要するにブルースであるということです。ダメなことを歌っている曲の素晴らしさってあるんですよね。『あ~、よくこんなダメなところを歌にしてくれた!』って、なんか思うんですよ。カッコイイって。

Excite:ダメなことがカッコイイみたいな?

田島:そうじゃないですけどね(笑)。なんて言ったらいいんだろうな……気持ちが解放されるときって、明るい作品なり映画なり絵なりを見て、解放されることもあるのかもしれないけど、ものすごく暗い悲しい作品に接して、自分が解放されて洗われたような気分になる場合もあるんだよね。そういう感じかな。

エキサイト:ミュージック(音楽)インタビュー・Original Love

これは、「あまく危険な香り」について答えたことである。ただ、その曲にはそんな「ダメな歌」などという感じを抱かなかったので、読んだ当時はまったくピンと来なかった。

しかし、これを『東京 飛行』に置き換えてみると、「ああ、そういうことだったのか」とすごく合点がいった。結局、自分にとって『東京 飛行』は、まさに「ものすごく暗い悲しい作品」なのだ。歌詞の不完全さが気に入らないというのも、実は表面的な話にすぎなかった。もっと根本的な不満は、ココにあったのだと思う。

踊る太陽』も『街男 街女』も、かつての『L』も、根っこの部分では「明るさ」や「希望」があるから拒絶感はなかった。しかし、『東京 飛行』は根底には「暗さ」があるから、拒否感があったのだろう、と思うのだ。そういえば、アルバム全体の印象に反して、「明日の神話」や「遊びたがり」が大好きなのも、そこに大きな安心感や安堵感を覚えるからなのだろう。

ついでに、『ムーンストーン』のころから言っていた「ブルース」という田島の言葉の意味もここで解決できるし、さらには先日のエントリで考えた「愚者の音楽」というのも、まさにこのあたりのことを指しているのではないのだろうか?


先に引用したところで、田島が自ら得意だと言った「官能的な歌」と言うのは、たしかにこれまでは、「接吻」のような「ソウル・ミュージック」に根ざした音楽だった。しかし当時の、いや現在も田島は、そういう方向での<官能>を敬遠しているフシがある。ソウル風味を「封印」していると言ってもいいかもしれない。今の田島は、たぶん、もっと「ロックンロール」に根ざした音楽で、<官能>を表現しようとしているのではないだろうか? そうだとすれば、『東京 飛行』のような、ダサくてダメなロックこそが、今の田島にとっての「官能的な歌」なのかもしれない。

***

とまぁ、前回ならびに今回のエントリを書いて、相当にスッキリとした。発売29ヶ月目にして、ようやく『東京 飛行』というアルバムが自分の中で消化できてきたのかもしれない。(遅えよ!)

その悪戦苦闘をインデックス化したので、ここまで読んだ方はご参考までに。

東京 飛行

東京 飛行


次作への期待

そして、発展的に締めてみよう。

現時点最新作のCaocaoでも、基本的にその路線はまだ変化しないことが見て取れたし(大体からして、「個人授業」は欲望の塊の歌謡曲だし、「おっぱいバレー」は煩悩の塊の映画だ)、http://originallove.g.hatena.ne.jp/keyillusion/20090420 でも書いたが、来月の「HOT STARTER」ツアーでは、その方向がさらに突き進められたサウンドが期待できる。

先日出演のラジオでの塩谷さんとの会話からは、まだ新作のレコーディングは行われていない模様*1。ということは、次のライヴは、『ムーンストーン』前の「Trial Session」のような、新アルバムへのステップとなるようなものになるのではないだろうか。

もし、「Trial Session」と同じくらいのスケジュールで考えると、新アルバムの発売は……年末くらいか*2

もういいよ。気長に待つから、納得のいくものを作ってくれい。

*1:去年末のライヴ以来はじめて会ったと言っていたことと、やはり次作でも塩谷氏の参加は固いと思われるため。

*2:「Trial Session」と『ムーンストーン』の間には「9・11テロ」があって、曲作りがさらに遅れたのだが。

2009/04/23(木)

ここがイヤだよ『東京 飛行』

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東京 飛行

東京 飛行

ここをお読みのみなさんは、現時点での最新作『東京 飛行』を最近聞いてますか?

2年前の発売当時の評判は芳しく、ハッキリ言ってこの作品にブー垂れて拗ねてたたのは自分くらいじゃなかったのかと思うのだが、果たして今でも当時のような高評価をキープし、「名盤化」への道を辿っているのだろうか? 「アンチ」の立場から、おせっかいながら気になってしまう。

今「アンチ」と書いたが、そんな自分は、実は今でもかなり『東京 飛行』を聴いている。それは、「このアルバムの、どこがどうして気に食わないのだろう?」というのが、未だに自分の中で消化できていないためだ。ここから辿っていただければ確認してもらえるが、「ニガテなあたり」「微妙なあたり」「大丈夫なあたり」の3つのカテゴリに分けたこのアルバムの感想は、今でも大きく変わっていない。ニガテなやつは相変わらずニガテで、大丈夫なやつはむしろ「大好き」になってきている。

さてそんな一方で、最近『RAINBOW RACE』を精読ならぬ精聴している(その成果は近いうちに書き込む予定)。その結果として、『RAINBOW RACE』というアルバムは、音楽と歌詞のヴァランスが、オリジナル・ラヴのアルバムの中でも最も良いアルバムではないかという感を強くしている。

そこから逆に気づいたことが、『東京 飛行』は、音楽と歌詞のヴァランスが、今ひとつよろしくないアルバムなのではないか、ということだ。結局、これまで『東京 飛行』へ向けていた自分の辛辣な評価は、サウンドへ向けてのものではなくて、歌詞へ向けてのことだった、ということだ。

詳しく述べていこう。まず、先日のエントリで、こんなことを書いた。

「ピストル・スター」のリリースにはじまり、『キングスロード』『東京 飛行』と、最近はすっかりソリッド感のあるギターサウンドに凝り固まってきたオリジナル・ラヴ。個人的にはどうにも馴染めないでいたのだが、

この「馴染めないでいた」の内容が(上記リンクでは『東京 飛行』へだけリンクしてしまったのだが)、実は「ピストル・スター」、『キングスロード』、『東京 飛行』のそれぞれで微妙に違っていることに、後から気づいた。

つまり、「馴染めない」でいるのは、「歌詞」か「曲(アレンジ)」かの"どちらか"なのである。まとめると、こんなマトリクスになる。

曲名歌詞曲(アレンジ)
ピストルスターNGOK
きみのとりこOKNG
さよなら、ルビーチューズデイOKNG
2度目のトリックNGOK
13号室からの眺めNGOK
ZIGZAGNGOK

つまり、「歌詞も曲も両方ともNG(聴くに堪えない)」という曲が、実はないのだ。

ピストルスター」と『キングスロード』の曲に関しては、過去ログを読んでもらえればその理由を明確に書いているはず。しかしその一方で、『東京 飛行』の3曲に関しては、そのあたりをゴチャゴチャにして書いていることに気がついた。

そこに気がついたきっかけが、先にも触れた『RAINBOW RACE』であった。このアルバムの曲は、「音楽」と「歌詞」が実に自然に溶け合って、まさに「歌」として完成されている。その完成度と較べてしまうと、この『東京 飛行』の「ニガテ」な3曲には、「歌」として聴いたときに、音楽と歌詞との相性が悪くて、曲全体にひどい印象が与えられてしまう。「ニガテな曲」についてのエントリでは、音楽的なことについてだけ批判しているように書いてしまったが、その根本的な原因は、実は歌詞の方にこそあった。

今なら具体的に指摘できる。「2度目のトリック」の、「失くしたはずの欠片に」とか「2度あることが3度あってもなくても」というあたりのメロディからはみ出した字余り感。「13号室からの眺め」の、「サーティーン!」という工夫のない歌詞。「ZIGZAG」の、とにかく「後ろ向き」な姿勢の歌詞。

現に、「ZIGZAG」のインスト版を聴いたときの印象はかなり良かったし、今でもそう思っているくらいだ。(http://originallove.g.hatena.ne.jp/keyillusion/20061030参照)

ということで、「個人的にどうにも馴染めないでいた」のは、サウンドではなくて歌詞だった、というのが今日の結論。あー、なんかスッキリした。


「『ZIGZAG』の『後ろ向きな』姿勢の歌詞」 について

このことについて、はっきりと書いた覚えがないので、ついでに記しておく。初めて聴いたときから違和感があったのだが、今聴いてもどうしてもいい方に解釈できない。

素直に聴けば、この曲は「人生そんな都合よくいかないんだからさ、むしろ回り道をしてやるくらいの勢いで行こうよ。今はダメかもしれないけれど、できることから今やろうよ!」という、「前向き」な曲であるのだろう。

ところが、他ならぬ岡本太郎的な解釈をしたら(「明日の神話」のカップリングなのだから、こう解釈されても仕方ないだろう)、そんな甘っちょろいことを言っている場合ではないのではないか。そのすべての原因は、わずかこの一節に収斂する。

もしもチャンスがもう1回巡ってきたときの日のために

なぜ、この切羽詰った「今」という瞬間に、そんな都合のいい未来を期待するのだろう? この「今」は、その「チャンス」とやらの「準備」段階でしかないの? 「今」のこの曲の存在価値も、そんな程度のものでしかないの? そんな気持ちでは、「今」に隙が生まれるに決まっているじゃないの。さらには、「もう1回」だって? 「人生積み減らしだ」って言っていたアレは何だったの? 「一期一会」という言葉を知らないの? そんな疑問が次から次へと浮かんでしまう。

この曲の、おっと、この曲の"歌詞"のダメなところは、この後ろ向きさ加減にあると思う。他でどんなに「奇麗ゴト」を言っていても、サビのこの一節が全てをぶち壊してしまっているのだ。

改めて、岡本太郎自身の言葉を引用しよう。

心を入れ替える、なんていうの は卑しい・・・今がすべてだ。いずれあるものならば、今、必ずある。今ないものならば将来にも絶対にない。

本当にキビしい人だよ…。オレにはなかなか付いていけない…(自分は太郎シンパだからこんなことを語っている、わけではないのである)。

なお、自分とは違う観点から「ZIGZAG」の歌詞の不満について述べているrararapocariさんが書いたこの分析も、ぜひ参照されたい。

http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20061221/OL

「そばトーストめし」の喩えは、鮮やかすぎる。コメント欄でのやりとも、また非常に興味深い。この曲への解釈は、まさに一様ではない。ここで述べたことも、ほんの一面でしかないことは、書いた自分が一番良く知っている。



[追記]このエントリだけを読んでアンマリだ、と思われたら、http://originallove.g.hatena.ne.jp/keyillusion/20090508/tokyohikoも読んでください。ここと対になるエントリです。