トップ 最新の日記 ユーザー登録 ログイン ヘルプ

バベルの塔または火星での生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード

IDを変え、引越しました。 現在は https://originallove.g.hatena.ne.jp/keyillusion/ です。

2005/12/20 (火)

[] 『第2日本テレビ』で動画配信  『第2日本テレビ』で動画配信 - バベルの塔または火星での生活 のブックマークコメント

http://www.dai2ntv.jp/p/z/002z/betaro.html
田島貴男 「明日の神話」に激しく打ちのめされる…の巻

g:originallove:id:originalovebeer:20051206:p2岡本太郎復元壁画の模様。4:04のVTR。

[]To be or not to Be TARO?? To be or not to Be TARO?? - バベルの塔または火星での生活 のブックマークコメント

ほぼ日をきっかけにして、太郎絡みの出番が多くなっている。縁故も広がるだろうしそのこと自体はいいことなんだろうけど*1、少し気になることもある。g:originallove:id:originalovebeer:20051201の「第2日本テレビ」を見たけれど、あれは本当に酷かった。ゲストの新曲をまったく聞かずにいるホストのことではない。そんなのと一緒になって太郎を賛美しまくる田島自身に、実は苛立った。だって、太郎太郎言い始めてもう3年ですよ。「人生積み減らしだ」という言葉に痺れていたはずなのに、岡本太郎だけは例外なの? 太郎の思想にのめりこんでいればいるほど、太郎という梯子は投げ捨てなければならないはずじゃないの。もうその梯子で上へ昇ったはずなんだから、死人礼讚してる暇があったら黙々と歩き続けるべきだ*2オリジナル・ラヴ自体、ピチカートフリッパーズと違って、今でも活動していることが一番素晴らしいことなんだから。

*1:来年あたり、日テレタイアップとか付くのかもしれない…それもまたいいか(妄想)。

*2:最初「歩くのがスジじゃないだろうか。」と書いたのだが、太郎に倣って断言調にしてみた。…こういう言い訳を書かずにいられないあたりが、まだまだ甘いんだよな。<オレ

k.c.e.k.c.e.2006/07/18 04:17>そんなのと一緒になって太郎を賛美しまくる田島自身に、実は苛立った。〜死人礼讚してる暇があったら
いまさらのコメントですみません。’06年7/18現在、上の意見にまったく同感です。 自分は最近はサッカーを少し見ていて、レコーダーの中に、6月のW杯の 最後に中田選手が涙したブラジル戦やら彼の引退特番やらと同列に、(’06/7/7の)日本テレビ「明日の神話」特番が録ってあるんですが、単純に中田さんを見た後で「明日の神話」特番を見ると、あそこで興奮する田島さんに「そんないつまでも、太郎さん太郎さん言ってたってしょうがないじゃん。死んだ人いつまで持ち上げてんだ。」と冷めた気持ちになってしまうんです。
(自分は特別 彼の熱心なファンというわけでもないんですが)例えば中田さんなどは、「憧れのサッカー選手などはいない」と明言してるほどなので、仮に誰か他の選手をすごいと思っても、彼がほうぼうで「○○すごい、○○すごい」などと言ってるとは思えないし、もし仮にそう思ったとしても、彼のような人の場合は無言でその思いを結果に出すと思うんです。...そういう人間もいるんだぞ。と私は単純に、リモコンを切り替えながら比べてしまった。それに太郎さん自身、「尊敬する人を持つ事は甘えだ」と言っているじゃないかと。
たしかに「明日の神話」という曲はすばらしいけれど、「太郎さん太郎さんっていいまくること自体が、いちばん『Be Taro』から遠い」ように、最近は思えてなりません。

originalovebeeroriginalovebeer2006/07/19 07:10お久しぶりです。古い記事への、コメント歓迎&感謝です。
先人をリスペクトすること自体は、苛立つ筋合いのものではありません。中田のようなクールな振る舞いは「格好いい」ですが、それを隠さない田島には、むしろ愛嬌さを感じます。
ただ問題は、それが「岡本太郎」であるということなのです。岡本太郎を賛美することは、諸刃の剣です。誉めること自体が、実は冒涜になってしまいます。田島はニーチェ(岡本太郎の思想の源泉)も読んでいるようなので、そのあたりを実はわかっているはずなのですが…。
それにまた、ソロになって以後のこの10年間、田島は「崩しては創って夢見心地のダンスを続け」てきたわけで、これはまさに"BE TARO"であるわけで…いやいや、"BE TARO"という後付けの言葉なんかに、この「ダンス」を押し込めてほしくないのです。自分が苛立っていたのは、むしろそういうことです(書きながら気づきました)。

k.c.e. k.c.e. 2006/07/19 22:31>誉めること自体が実は冒涜になってしまう
う〜ん、難しい。(笑)ですが、漠然と、わかるような気もします。漠然とした例えですが、太郎さんて、チューインガムだと思うべきかもしれないと感じてます。噛んだらとっとと吐き捨てろ、という意味で。
originalovebeer さんのいらだちは、田島さんの態度が「太郎さんすげえ。ゆえに俺も『Be Taro』するぞ!」ではなくて、「太郎だかなんだか知らねえけど、俺は俺のやりかたで行くんだよ!」であってくれ、ということでしょうか(またずれてたらすみません)。でも後者の方が本当の意味での「Be Taro」なんですよね。実際、いまさら太郎だBe Taroだ言わなくても、彼がこれまで自分の信じる通りにやってきたことの中に既に Be Taroが内在しているから、いま「太郎太郎!Be Taroしなきゃ!」と騒いでる人たちと違って、田島さんは、いまさら一緒に太郎太郎騒ぐ必要のない人間なんですよね。「俺、とっくにやってるもん」と。だからこの数年間の「田島的太郎ブーム」という寄り道も、しなくてもよかったのに、それこそが本当の「Be Taro」だったのに、とも感じます。
私は単純に、リスぺクトする人間を持つ男性と持たない男性とを、たまたま同時に比較できてしまったので、強い強いと思い込んでいてそこを愛していた田島さんにも、じつは弱いとこがあったのだ、とわかったのがショックで、いらいらしてたのだと思います。でもまあ、考えてみれば中田さんみたいな人のほうがむしろ特殊なんですよね。 しかし「強いと思ってた男性の弱さを知り少々がっかりした」とは、30代でこの発言、ひとえにこれは自分の女の浅さの証左にほかなりませんね。う〜ん、自分を磨かなければ(笑)

originalovebeeroriginalovebeer2006/07/20 07:28>田島さんは、いまさら一緒に太郎太郎騒ぐ必要のない人間なんですよね。
はい、まさにそのとおりです。自分の無骨な文章をきちんと咀嚼していただいて、本当にありがとうございます。「チューインガム」の喩えも、まったくそのとおりだと思います。
田島の「弱さ」がポロリと出てしまっている曲がたまにあって、例えば「水の音楽」や「鍵、イリュージョン」はそういう曲だと思います。そこに「萌え」てしまうわけでもありませんが(笑)、この2曲は本当に素晴らしいと思います。なにか人生の「真理」を、音楽で見事に表現しているようです。自分が田島を真の音楽家と信じて疑っていない根拠は、そういうあたりにあります。

トラックバック - http://originallove.g.hatena.ne.jp/originalovebeer/20051220