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バベルの塔または火星での生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード

IDを変え、引越しました。 現在は https://originallove.g.hatena.ne.jp/keyillusion/ です。

2007/06/12 (火)

[][]『踊る太陽』から『東京 飛行』へ 『踊る太陽』から『東京 飛行』へ - バベルの塔または火星での生活 のブックマークコメント

http://originallove.g.hatena.ne.jp/originalovebeer/20070605/myreview

こうまで反応が梨の礫だと、どこからコメントしたら良いやらわからない内容なのだろうなぁという自覚があるとはいえ、やはりガッカリするものだ。

カウンターの類は付けていないので、このブログがどのくらい読まれているのかサッパリわからない。本当に「チラシの裏」状態なのかもしれない。でも、マイペースに坦々と綴っていくしかない。このブログでやりたいことって、面白おかしく読んでもらってコミュニケーションを取ることよりも、自分の考えをまとめることに重点があるのは事実なんだし。(いや~、堅い堅い)



踊る太陽』を聞きなおして、どうして『東京 飛行』にあんなに拒絶感があったのかを思い出した。「マイレヴュー」では書ききれなかったことなので、補足しておく。

踊る太陽』は、曲の出来不出来にムラがあるものの、アルバム全体としてはそれほど悪い印象はなかった。『ムーンストーン』で田島も一区切りついて、ここからは新境地なんだな、という印象が強かったから。バカっぽい曲も多かったが、まずはなにをしてもオーケーという許容感がこちらにあった。

続く『街男 街女』は、『踊る太陽』の路線を拡大発展させたようで、そちらは大いに気に入った。音色は美しいし、曲のヴァリエーションも豊かだったし、なんといってもラストの2曲が「人間・田島貴男」を歌いきっていて、自然体でありながら「傑作」の名に相応しいアルバムだと思った。

ちょうどこのころ、『これがニーチェだ!』(asin:4061494015)という本を読んだ。田島は『ツァラトゥストラ』を愛読していたし、岡本太郎もニーチェの思想の影響を受けた人だ。それで田島も、ニーチェが理想とした絶対的な肯定の精神を音楽として結実させるのではないか、という夢物語を勝手に自分の中で作ってしまった。作品それ自体が光り輝きを発するような奇跡の作品群。次の作品には、漠然とそうしたものを期待してしまった。実際、「鍵、イリュージョン」では、その片鱗が見えたような気がしていた。

そこへ『東京 飛行』というタイトル。「都市」というキーワードで『街男』の続編であることを連想させたし、『キングスロード』で向上した作詞力と、いっそう自然体になったしなやかな楽曲が見事に融合した光り輝く作品になるものと、大いに期待したものだった。

それがフタを開けてみたら。なんか全体に音が堅いし、歌詞を読まないと何を歌っているのかわからないし、ギターの轟音にも必然性を感じられなかったり、おまけに「ロック」系の曲ほどグルーヴ感に欠けていたし、とにかく「ガッカリ」の連続だった。『踊る太陽』の躍動感のある生命力も、『街男 街女』の人間臭さを歌う曲もここにはない。過去2枚にはたしかにあった「パワー」が、『東京 飛行』ではなんだか中途半端に殺がれてしまった感じがする。

東京 飛行』は、岡本太郎3部作の3作目であり、都市を歌ったアルバムとしても『DESIRE』『街男』に続く3作目だろう。普通なら、両者のいいところが出てくれるものなんだけど、なんだか空回りしている感じがするのだ。



…などと、クドクドと文句ばっかり書いているが、実は最近、毎日『東京 飛行』ばかり聞いている。拒否感ばかりが先にあって、あまりヘヴィローテーションで聞き込んでこなかったからだ。それにまた、冬に聞いてダメだったものが、夏になって聞いたら、印象も変わるかもしれないという期待もある。しかし、それでもまだ、このアルバムが「好き」になる気配は、今のところない。

あ、でも。シングルで聞いたときはあまり感慨のなかった「明日の神話」は、今ではかなり好きになった。この曲には間違いなく「パワー」がある(冒頭の余計なピアノと、あっけないエンディングは未だに不満が残るが、それを補って余りあるものがある)。それでも一番好きなのは「遊びたがり」だな。あの切ない歌詞と、中盤の展開はさすが田島貴男だね。

rararapocarirararapocari2007/06/12 02:13拗ねるoriginalovebeerさんを、初めて見ました。
自分もよくガッカリするので、おっしゃることはよくわかります。(たいがいは期待しないようにしています)

> このブログでやりたいことって、面白おかしく読んでもらってコミュニケーションを取ることよりも、自分の考えをまとめることに重点があるのは事実なんだし。(いや~、堅い堅い)

これは同意見です。自分もブログやコメントのやりとりのスタンスについてのほかの人との違いを感じたり、自分にとってブログって・・・と考えることが増えたのですが、一つの結論としては、ブログは「情報共有と突っ込み/突っ込まれが可能なひとりごと」ということです。(自分の場合は情報提供を意図していないので、完全にひとりごとです。)
自分にとって有用なら、他の誰かにとっても有用だと割り切って好きなことを書いてます。そんなブログですら公開しているという意味では「チラシの裏」ではありません。いわんや(略)
~~~
さて、『踊る太陽』から『東京 飛行』ですが、自分の評価は以下の通りで、originalovebeerさんとは全く異なります。
『踊る太陽』×
『街男 街女』△
『東京飛行』○
ただし、『踊る太陽』は、これまでのオリジナルアルバムの中で最も聴いていないアルバムである可能性があり、聴き直そうと思っています。先日の記事へコメントをつけにくかったのも、そのためです。
なお、『DESIRE』『街男』『東京飛行』というくくりには抵抗があります。『街男』『東京飛行』の結びつきが強いだけに、『DESIRE』をわざわざここに入れるのはどうでしょうか?
ちょっと考えてみます。(hiroharuさんの頁でも似た議論をしていたと思いますがメンテ中で未確認)

originalovebeeroriginalovebeer2007/06/12 18:32ニーチェのことを書き足しました。『東京 飛行』への過剰な期待感の元凶はそこにあったのでした。そんなものを期待してしまったら、そりゃガッカリもするわな。

originalovebeeroriginalovebeer2007/06/12 18:39>拗ねるoriginalovebeerさんを、初めて見ました。
お恥ずかしい限りです。(--ゞ

>ブログは「情報共有と突っ込み/突っ込まれが可能なひとりごと」
なるほど、まったく同感です。「ひとりごと」だからこそ、反応がないからといって拗ねてしまうのは見苦しい行為だと承知してますが、たまにはカンベンしてください。
記事を書くのにちょっと時間がかかったり、自分で「力作」と思ってしまうときほど、反応のないときにガッカリしてしまうのかも。

>『DESIRE』『街男』『東京飛行』というくくりには抵抗があります。

http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20061226 でも触れられていた、クレモンティーヌの『東京の夏』の田島がライナーノーツ。あれこそが、『DESIRE』と『街男 街女』がリンクする理由です。あれは1992年に書かれた文章ですが、1996年と2004年に作品として形となったのが、それぞれ『DESIRE』と『街男 街女』なのではないでしょうか。2作品は、時間は離れていますが、根っこは完全に同じだと思っています。

時間が離れていることに疑問があるのだと思いますが、それはこういうことなのではないでしょうか。
『踊る太陽』は、田島自身の中の「音楽」を引き出すことがポイントだったように思います。そのまま「自分の音楽」を追求していったら、自分の周りの「都市(東京)」を歌うことが自然と形として出た。それが『街男 街女』なのだと思います。つまり、『踊る太陽』がなければ『街男 街女』はなかった。結果として、たまたま「東京」というテーマに先祖返りしたのだと思います。

『DESIRE』のころも、本当にやりたかったことは、実は『街男』と同じことだったのではないかとまで思っています。「一体なにが"欲望"なんだろう?」とずーっと悩んでいたのですが、それはつまり、自分自身の音楽を等身大に引き出すことだったのではないかと、今になって思えるのです。

それでもまだ「東京」を歌いきれていないと感じたのか、よりいっそう都市に焦点を当てて掘り下げていったのが『東京 飛行』なのではないかと考えています。

改めて、rararapocariさんの「『東京 飛行』を語る」シリーズをじっくり読み返してますが、なるほど、「人間の弱さ」ですか。自分が「パワーがない」と感じるのは、同じことを逆に言っているだけなのかもしれません。
田島も「街に生きている人間が普通に感じている“浮遊感”、“不在感”、“疎外感”、“孤独”をこのアルバムで離陸させたい、そんなイメージです。」と明言していたんですね(「関西どっとコム)。そういうネガティヴな部分を、もっと身構えずに受け入れられれば、みなさんのように楽しく聴けるのかもしれません。まだまだ聞き込む余地はたくさんあるようです。