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バベルの塔または火星での生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード

IDを変え、引越しました。 現在は https://originallove.g.hatena.ne.jp/keyillusion/ です。

2007/10/10 (水)

[] その9『ムーンストーン その9『ムーンストーン』 - バベルの塔または火星での生活 のブックマークコメント

全アルバムを改めて聴きなおす「マイレヴュー」シリーズの9回目は『ムーンストーン』です。

ムーンストーン

ムーンストーン

わりとヴォリュームがあるので、暇なときに読んでやってください。

アルバム発売まで

ビッグクランチ』とこのアルバムの間は1年半も開いた。2001年の頭から曲作りは始まっていたが、結局2001年は空白の1年となるのである。ベストアルバムさえも出さなかった年は、91年のメジャーデビュー以降はじめてである。(そして今年2007年は2度目の空白の年となりそうである)

この時期、事務所(Wonderful World)ごと引越しをしたらしい。OFFICIAL WEBからグッズ販売がゴッソリとなくなったのもこのとき。昔はインディーズ盤以外にもTシャツとかいろいろ売っていたのに。引越ししたてのプライヴェートスタジオは『サウンドデザイナー』2002年3月号で特集されていた。

2001年のライヴはわずかに3公演。2001年8月24・25・28日に行われた「トライアル・セッション」と銘打たれたものだけだった。ここでは「ビッグクランチ」ツアーから一転、アコースティック中心のライヴとなった。しかも驚くべきことに、田島はほぼ全編でピアノを弾いていた。このツアーのアレンジが、ほぼそのままアルバムに反映されることになる。ベースの鹿島達也はこのライヴが初参加で、そのままアルバム収録にも参加していく。『ムーンストーン』の製作は、このときのメンバー6人そのままで行われた。

  • ピアノ、打ち込み、ガットギター、歌:田島貴男
  • エレキギター、スルド:木暮晋也
  • ドラム:平井直樹
  • ベース:鹿島達也
  • レコードプレーヤ:L?K?O
  • サックスと鉄琴:松本健一

(「アダルト・オンリー」にのみ、パーカッションの三沢またろうが参加している)

田島がエレキギターを弾かないのは、このアルバムだけ。バンドの一体感が強いアルバムだが、編曲も「田島貴男」ではなくて「オリジナル・ラヴ」となっているのがその証左だ。

2001年9月11日にアメリカ同時多発テロが起こる。この影響で、歌詞は大幅に書き換えられることになった。2001年中にアルバムが出なかったのは、このためだったと思われる。

一方で2001年は、他ミュージシャンとの仕事に明け暮れた1年でもあった。ピチカート・ファイヴ解散ライヴへの参加、heacoのプロデュース、中村一義へのリミックス、クリスタル・ケイ、キタキマユ、及川光博への曲提供など。中でも最大の目玉は、東京スカパラダイスオーケストラの「めくれたオレンジ」へのヴォーカル参加。スカパラの「歌もの」シリーズの記念すべき1作目で、スマッシュヒットを記録し、スカパラ大ブレイクの布石となった。このころは『ビッグクランチ』のリリース時よりも「久しぶりに田島貴男を見た」と言われてたっけ。

ちなみに、この曲のタイアップ商品のキリン「氷結果汁」(現「氷結」)は、このとき新発売で、缶酎ハイの勢力図を塗り替える大ヒット作となった。酒好きの自分も「氷結果汁」にはものすごくハマった。フレッシュな果汁感に溢れていて、逆にアルコール臭はキッチリと抑えられた革新的な味の缶酎ハイだった。しかしパッケージが変わるたびに味が落ちていくのがハッキリとわかり、今ではなんでもないタダの酎ハイに零落れてまった。

2001年の田島のブームは、サックス。『ビッグクランチ』作成後からジャズを聞きなおしていて、ある日突然「俺サックス吹ける!?吹けるかも!」とひらめいたのがきっかけだったそうだ。松本健一氏に「弟子入り」して、本格的に取り組んでいた。「めくれたオレンジ」収録のときもサックスを持ち込んで、あわよくば吹かせてもらおうと考えていたそうだ。そのブームがこのアルバムに影を落としているのは言うまでもない。

そして、アルバム発売直前の翌2002年の2月ごろ、テレビでボクシング観戦にハマったのをきっかけに、ボクシングジム通いを始めている。つい最近の「Tajima's Voice」でもジム通いのことが語られるので、これは相当に長い趣味となっている(そして岡本太郎にハマるのが同年の7月ごろ)。


1.夜行性 (アルバム・ヴァージョン)

2.アダルト・オンリー (アルバム・ヴァージョン)

夜行性/アダルト・オンリー

夜行性/アダルト・オンリー

先行シングルは初の両A面。しかもアルバムがシングル曲で始まるのも初めてだった。アルバム収録に際して両曲とも歌い直していて、聞き比べるとハッキリと違いがわかる。

とくに「アダルト・オンリー」は、アルバムに慣れた耳でシングルを聞くと、まるでデモ・ヴァージョンのようである。アルバムに採用されたのは、田島が完全に満足した歌唱だった。一方でシングルでは「疑惑ぅ思惑」の音のハズレがない。このプロらしからぬ音の外しを直さなかったのは、あくまで「一発録音」にこだわったため。オーバーダビングは絶対にせず、頭から1回で歌いきることを課して歌入れを行ったのだった。そしてその制約はヴォーカルだけでなく、他メンバーのすべての楽器に課せられた。それはつまり、「生音重視」ということでもあり、『ビッグクランチ』とは180度違った発想でこのアルバムはできているということである。田島がこのアルバムのムードを指してよく使っていた言葉が「ブルース」。昔の音楽が持っていたフィーリングを重視してアルバムを作っていったそうである。

シングルが出る前に田島が両A面について語っていたのは、「夜行性」は「オリジナル・ラヴらしい曲」、「アダルト・オンリー」は「これがオリジナル・ラヴ?という曲」とのことだったが、自分が初めて聞いたときの印象はちょうど逆だった。「アダルト・オンリー」はまだ『ビッグクランチ』の余韻を引きずっているように聞こえ、「夜行性」のキラキラとした軽やかさには、田島も一皮剥けて新たな境地へたどり着いたのだという感慨を強く持った。アルバム全体も軽みのある音でできているが、『ビッグクランチ』を通り抜けたその音には、自然の成り行きを感じたものだった。

このシングル発売のとき、大々的な視聴キャンペーンが展開された。シングル発売前にシングルを聞けるばかりか、「トライアル・セッション」の音源が聞けた。

http://www.ponycanyon.co.jp/tpic/originallove/ (なんと今も残っている!)

今にしてみればかなり気合の入っているプロモーションだが、当時は『ビッグクランチ』のときのL?K?Oと二人で小さなクラブを回って演奏するプロモーションの印象が強かったので、縮小されたものだという印象のほうが強かった。相変わらずタイアップもなく、ポニーキャニオンのやる気のなさばかりが感じられたものだった。

このキャンペーン、もちろん自分も感想メールを投稿した。自分としちゃ割とよく書けたと自己満足したものだったが、上記のとおりページには採用されなかった。PC内に保存されていたので、日の目を見させてあげよう。

オリジナル・ラヴを人に紹介したいとき、なにを聞かせたらいいものかいつも悩む。ヒット曲系ならば無難だが、奔放な音楽性をカヴァーすることができない。アルバムを紹介しようにも、各アルバムのコンセプトが違いすぎてかえって混乱させてしまう。

しかし、今回の両A面シングルはそんな悩みに答えてくれそうだ。

夜行性」はパブリックイメージのオリジナル・ラヴ。昔ファンだった彼女にも聴かせてあげたい佳曲だ。

アダルト・オンリー」は、いつものアグレッシヴなオリジナル・ラヴ。今の音を待ち望んでいた耳を満足させてくれる。この2曲が「両A面」であることは、オリジナル・ラヴの両面性を代弁してくれているようだ。

そして両方に通じる、アコースティック感、民族的なリズム、アクセント的に付けられた機材の音。これまでのオリジナル・ラヴの歴史がここには凝縮されている。誰かに「オリジナル・ラヴってどういう音?」と聴かれたとき、「このシングルを聴きな」とポンと出せる、そんな素敵な1枚だと思う。

そして「TRIAL SESSION」。

楽器の音の少なさのせいなのか、会場の空気がビシビシと伝わってくる。

田島が今回の音源を「最高」と言っているのは、こういうあたりが理由なのかもしれない。

マーヴィンではなく田島の歌となってしまった「I WANT YOU」、ジョンの魂が乗り移った「接吻」など、優れた曲ばかりだが、中でも『L』の2曲が白眉だった。

白い嵐」。虚空に漂っているような『XL』のアレンジがとても好きだったが、それをも超えてしまった虚無感がたまらない。音数の少なさがさらに希薄な空気を生み出し、聴いていて息が詰まりそうになった。

そして「羽毛とピストル」。ジャズっぽさとソウルっぽさが言ったりきたり。

こういう「不安定なヴァランス」が反映された1曲が新譜に入らないかと期待。

夜行性」の作詞は松本隆。メンバー以外の作詞は、『RAINBOW RACE』の酒匂春水(田島の奥様という説がある)以来で、プロの作詞家となると「DEEPER」の吉田美奈子以来。田島曰く、非常にはっぴいえんど的な歌詞なのだそうだ。プロの作詞家から得るものも多かったらしく、インタヴューでも昔は苦痛だった作詞が今は楽しくてしょうがないという話をしていた。

夜行性」のスキャットは、シングルヴァージョンの方がかっこいい。

3.GLASS

「It's a Wonderful World」以来の、全編ファルセット唱法の曲。「トライアル・セッション」では、やはりファルセット曲のピチカート・ファイヴの「誘惑について」を歌っていたのは、その布石だったのだろう。実際には、ディレクターから「ファルセットの歌を作ってよ」と言われて、気楽に作ったそうである。

しかし、そうは思えないほどファルセットヴォイスが効果的に使われている。とても儚く、壊れそうで繊細な曲になっている。「It's a Wonderful World」が超人的なハイテンションを表現したとすると、「Glass」は同じ声ながらまったく正反対の表現がなされている。

ガットギターのリフから音が少しずつ重なっていって大きくなっていく。最後のフレーズ前ですべての楽器が盛り上がり鳴るところでは、大した音量を出していないはずなのに、まるで曲が爆発するような錯覚を覚えさせる。

中間部のサックスは、ミニマルミュージックの手法。目眩ましのように2つのサックスの音が交差していく。歌に戻る部分でピタリと着地するあたりは、快感を覚える。

この曲のすごいところは、そんな風な先鋭さを感じさせる手法*1を多数使いながらも、結果があくまで軽妙なポップスに仕上がっているところだ。まさにポップアートのような1曲なのである。このアルバムでもっとも隙がなく完成度の高い曲なのに、そうしたキツさをまったく感じさせないどころか、脆く繊細な空気を醸し出している、奇跡のようなヴァランスを持った曲である。

『ビッグクランチ』の「地球独楽」のレヴューでも触れたが、ミニマルミュージックといえば、フィリップ・グラスという大家がいて、タイトルにもその意味が込められているのかもしれない。

ライヴでは田島と松本健一とのダブルサックスで再現されるものと期待していたが、残念ながらサックスは1本だけだった。

木暮晋也がスルド(太鼓)を叩いているのも、可能な限り6人のメンバーだけでアルバムを作ろうとしただめだそうだ。最初は音が多かったそうだが、どんどん削っていって今のような形になったとのこと。

4.悪い種

「トライアル・セッション」で先に披露されていた曲。

呪詛のようなリフレインが印象的な歌詞。歌詞には、こんな意味合いがあるようだ。

(『ビッグクランチ』を)通過したからこそ、ブルースみたいのがやりたくなったのかも知れないっていう気はします。(中略)色んな人っていうのが見えてきたし。人間っていうのにまたひとつ興味を持ってきたっていうか。で、そういうふうになって色んな音楽を見渡すと、やっぱりあまりにもエリート主義な音楽が多過ぎる。特に今メディアに出てる音楽って(中略)なんか、強いもの...「みんな強くなろう」とかさ。あと、今、よく“癒し”って言われてますけど、「みんな、人間のキレイなところだけを部分的にやろう」みたいなのがすごく多い気がしてね。なんか、それがすごく排他的な気がしてて。(中略)でも、キレイなものを聴かされてもね、こっちが汚い、荒んだ気持ちになってる時には、かえって疲れるっていうか。自分が癒し系の音楽聴いても全然癒されないっていうのがあってさ。(中略)そういうのって、なんか違うんじゃないか、みたいな。僕がやりたいのは、こう、汚れを含めた意味での癒しっていう、そういう意味でブルース。

『MARQUEE』vol.29より

2003年のライヴで、友部正人の影響を受けて「朗読」に取り組んだ際にはこの曲の歌詞が取り上げられた。

田島の不協和音のピアノがすごくクール。

5.月に静かの海

「ショウマン」の続編のような雰囲気を持った曲。これも全部ピアノで作曲した曲。ニルソンやランディ・ニューマンのような雰囲気が出てしまうのが自分でも不思議なのらしい。

はじめは「911」のアメリカの同時多発テロに影響された歌詞だったのだが、思い直してラヴソングに書き直したそうだ。

この曲はタイトルがいい。「月の静かの海」と名詞にしてしまうよりも、体言止めのようにしてあるので余韻ができ、月を見上げている雰囲気が出ている。

6.守護天使

この曲のタイトルを思い出すと、スティーヴィー・ワンダーの'For Your Love'がBGMとなってなんとなく切ない気分になる。HMVのサイトにはじめてタイトルが出たとき、なぜか「東京天使」というタイトルだった*2f:id:originalovebeer:20071011113513j:image:right 一昔前、青島都知事(今や故人)が中止した東京都市博というのがあって、そのマスコットが「東京大使」というキャラクターだった。この都市博のイメージテーマソングが、'For Your Love'。都市博中止のラジオCMというのがJ-Waveなどで流れていたのだが、そのBGMが当然'For Your Love'で、「東京都市博は、残念ながら中止となりました」という寂しい内容のナレーションにかぶって響くスティーヴィーの歌声がなんとも切なく、今でも耳に残っているのである。…あぁ回りくどい上にどうでもいい話ですんません。

間奏のサックスが印象的で、まるで初期のオリジナル・ラヴのような雰囲気を持った曲。メロディアスなベースラインがグルーヴィーなあたりも。

松本隆に歌詞を提供してもらった曲。歌詞の字面と歌ったときの語感のギャップに驚かされていい刺激になった曲だそうである。

それにしても、どうして松本隆はこんなストーカーの歌にしたのだろうか? 曲がいいだけに恨みが残る。


7.Xの絵画

田島は、パリのポンピドゥーセンターでバルテュスに触れて大きな衝撃を受けたそうだ。「X」は伏字のイメージ。エロティックな感じもあるとのこと。

はじめは苦手な曲だったが、ある日を境に急速に好きになった曲。バルテュスの絵画へのリンクもあるので、下記エントリを参照してほしい。この曲が苦手な人は、ぜひ部屋を暗くして(笑)ヘッドフォンで聴いてほしい。

http://originallove.g.hatena.ne.jp/originalovebeer/20050625

ここに付け足したいのは、デジタル・モザイクのような無機質感が、実はアコースティック楽器で作り出されているということ。デジタルとアナログの融合。


冒頭の『サウンドデザイナー』誌によれば、楽器はコルグBX-3(旧型の2段鍵盤タイプ)、ソフトシンセはREAKTORのバージョン3.0。自分はよくわからないのだが、興味ある人もいると思うので書き足しておく。

8.哀しいノイズ

オリジナル・ラヴのラスト2曲前は、箸休めのような地味ながらもホッとする佳曲が多いが、この曲もまさにそう。緩急が実に絶妙な曲で、「靴を洗うさざ波 蹴り上げた」のところなど、スローモーションで水しぶきの1粒1粒までも見えるかのようだ。

田島のピアノも、はじめてわずか2年と思えないほど味のある演奏となっている。

クリスチャン・マークレイのライヴを観て、インスパイアされてできた曲。そのときの田島の興奮。

{田}最近思ったの。そう、クリスチャン・マークレー行って来てさ。もうね、ビックリしたのよ!
{小}ええ
{田}ノイズでね・・ノイズっていうか、ああいう音響で泣けたの、初めてだね!
(中略)
{田}もうね、僕の生涯のベスト10のライブにこれ、入ったなと。それ位、素晴らしかったの。もうね、涙が出て来てさ
{小}ふーん
{田}もうね、スッゴイ美しいのよ。ホント
{小}うん
{田}最高。あれはね「ポップス」だね、と思った
{小}ああ、もう、そう。ポップスになんなくちゃいけないですよね
{田}もうね。フツーのね、音楽知らない人でも感動すると思う。その位、美しいもので。「美」があったんですよ、そこに
{小}うん
{田}「この人は結局、美術家だ」と思った。それで、シカゴ音響だナンダカンダとか、色々言ってるけど、全然別だ!と思った
{小}うん
{田}何が違うかって言うと、「美」の為にね、自分の人生を犠牲に出来るかどうか、っていうか。そういった意気込みを感じたのよ

バースト010405

この「ポップス」と「美」の関連は、「GLASS」にも影響を与えていると思う。この話はもう少し掘り下げたかったのだが、ちょっとデータ不足(資料がどこだか忘れてしまった)。

9.冗談

これも「トライアル・セッション」で先に披露されていた曲。過去メールを見ていたら、「トライアル・セッション」のときの歌詞の聞き取りが出てきた。「夜の机は未知の惑星のシーサイド/打ち上げられた巻き貝のように寝転がり/俺の抜け殻の化石に風がうなり/また少し魂の重さが減る」という歌いだしだったそうである。相当変わっているのは、このあと「911」のアメリカの同時多発テロがあったため。現歌詞の「246」は渋谷付近を通る国道246号線のこと。たぶん、玉川通り。

タイトルとはうって変わって、非常にシリアスな曲。ミラン・クンデラに同名の小説があるが、そこからの影響なのだろうか。静から動、動から静への移り変わりが印象的。ホールトーンスケールがフィーチャーされた曲。

最後はドラムでビシっと締められる曲だが、ここは混沌の中へフェードアウトする方がいいのに、と思ったりもする。

「アポロの時代」というのは、ポルノグラフィティへのアンサーソング…のわけがない。調べてみたら、「オリジナル・ラヴを貫いて」と歌われた「ヒトリの夜」という曲は、「アポロ」とカップリングされて再発売されたそうである。繰り返すが、何の関係もない。

{イ}ラブ!!オリジナルラブ!
{田}オリジナルラブ。なんか、あれなんだって?、、ポルノグラフィティ。
{イ}ポルノグラフィティ。歌詞の中でね「ロンリーロンリー、なんとかでー、オリジナルラブを貫いてー」とかいって
{田}(笑)言ってるらしいですね。ビジュアル系っぽい、なんか
{イ}「アポロがなんとかでー」・・(笑)
{田}オリジナルラブ、使われたか、みたいな。でもフィーリーズからとってるもん俺。
{イ}(笑)そっち行く?
{田}(笑)うん、そっちから、みたいな感じです

バースト000413

10.ムーンストーン

アルバムタイトル曲は、インディーズ盤『ORIGINAL LOVE』の「ORIGINAL LOVE (BODY FRESHER II)」以来なので、実質的に初めてといってもいい。

ムーンストーン」は和名が月長石という宝石で、持っていると願いがかなうという言い伝えがある。そういうおまじないみたいなアルバムになれば、というので曲のタイトルが決定したのとほぼ同時にアルバムタイトルに決めたという。

最後のフェードアウトは、なんと機械を通さずに楽器でやっている。ヴォーカルもちょっとずつ小さく歌っている。よく聴くと、木暮晋也の足音も聞こえるそうだ。

全体的な感想

ビッグクランチ』がハイトーンで警鐘を鳴らすようなアルバムだったのに対して、一転低音で唸るようなアルバムとなった。「トライアル・セッション」で新作がアコースティックになるということは「予告」されていたので、アルバムを聞いたときに特に戸惑いはなかった。むしろその静謐感に魅了される一方だった。

月が「陰」の象徴であるようにこのアルバムは静的であり、清浄なトーンで貫かれている。無音さえも音の一部になっている。「GLASS」「哀しいノイズ」などはとくにその点に気を配られていると思うし、「冗談」の冒頭も無の混沌の中から歌が生まれてくるような感じになっているのがとても効果的だ。このアルバムが苦手な人は、部屋を暗くしてヘッドフォンで(またかよ)無音にも耳を澄ませて聴くといいのではないか。

そのクリーンさをベースとして、ダーティなノイズが混ざってくる。21世紀最初のアルバムだというのに非常に世紀末感があるというか、「終末」感が強いアルバムにもなっている。

直接的には「911」のアメリカ同時テロの影響である。「冗談」の歌詞が変えられたのは上でも述べたとおりだが、「神が試す街 犠牲あふれかえり さしのべられた手と手」とか、「悪い種」の「墓石の摩天楼 ~ 祈り届け」のくだりとかはかなり直截的な表現だ。

余談だが、同時期に出された小沢健二の『Eclectic』やコーネリアスの『Point』がどこか同じようなトーンになっているのも、3人とも同じ時代の切迫感を見ていたのではないだろうか。根拠のない想像だが、ピチカート・ファイヴの2001年の解散も、そういう空気を表現するには限界があると小西氏が感じたからなのではないか??



閑話休題。一方では耳を済ませて聞かなければならない曲があり、もう一方では混沌さが終末感を掻き立てる曲がある。それは「悪い種」のところで引用したような「汚れを含めた意味での癒し」、つまり清濁を併せ持つことである。それを田島は「ブルース」と言っていた。

濁りがあるから、清浄さも際立つ。「夜行性」のキラメキ感、「月に静かの海」の切なさ。それらには心が、本当の意味で癒される。

ところで、「911」は「トライアル・セッション」の「後」であることに注目しなければならない(2001年8月24・25・28日)。アルバムのサウンドが「トライアル・セッション」そのままとすれば、アルバムのサウンドは「911」の影響を受けていないのだ。つまり、「911」に関係なく、『ムーンストーン』のサウンドは「清濁を併せ持つ」というテーマを持っていたことになる。

この「濁り」とは何か。それは『ビッグクランチ』の余波なのだと思う。『ビッグクランチ』の「生命感」そのもののエネルギーが残っているのである(「生きる」とはキレイなものというより、汚いものではないだろうか?)。そういう生命感に、「ジャズ回帰」という装飾をほどこされたのが、この『ムーンストーン』なのだろう。つまり両アルバムは、見た目こそだいぶ違っているが、根っこは大きな違いがないのだと思う。

たとえば、「冗談」の「もういちど善や悪や愛や妬みの僕にチャンスをください」と祈りにも似た必死の叫び。この焦燥感こそ「生きている」という証しではないだろうか。その中でも「変わる時代きしむ街になお強く あなたを追いかける」と「愛」を忘れることはない。「生」や「愛」への田島のスタンスは、ここでも揺らぐことがない。

田島自身の「無数の問いかけ」への回答は、「闇に闇を追い払うことはできない/それができるのは光のみ」というフレーズなのだろう。けれども、それが最終回答でもないようだ。結局は「願いを聞いて 夢を叶えて ムーンストーン」と「おまじない」に頼らざるを得ない人間の儚さ、脆さを歌っているから。

「ぼくらの欲望に」というサブタイトルは、このアルバムを欲望に捧げるという意味ではなくて、「欲望」には「ムーンストーン」が必要ということ、つまり、人の浅ましさには、結局は人智を超えた何ものか(ムーンストーンがその象徴)に頼り、「重し」を乗せざるを得ないことを言いたかったのではないだろうか。


***

うーん、今回はうまく着地できなかった。まだ言いたいことをうまく書きとめることができない。心象スケッチのようになってしまったが、これにて勘弁。

最後に、これはおそらくほとんどのレヴューで語られないことだろうからここで語っておくが、このアルバムで注目されるべきはサックスの「松ちゃん」こと松本健一氏の存在だ。このアルバムが「原点回帰」のように語られていたのは、EMI時代のようにサックスが全編にフィーチャーされていたことが大きいだろう。さらに、随所でアクセントとなっているヴィブラフォンも松ちゃんの手による。ご本人から聞いたので間違いないが、ヴィブラフォンは元々専門外で、オリジナル・ラヴのために演奏するようになったのだそうだ。1993年にツアーメンバーとして参加以来、アルバム参加は少ないが、現在に至るまでもっとも田島貴男との演奏暦の長い人物となっている松ちゃん。ライヴメンバーがそのまま録音メンバーとなったこのアルバムは、それまでの労をねぎらうかのような、影で田島を支え続ける松ちゃんのフィーチャリングアルバムとなった。アルバム自体も図らずも松ちゃんのキラキラとしたサックスに始まっていることも指摘しておこう。

*1:べつに、ミニマルをいまさら前衛というつもりはない。あくまでもそういうのを「感じさせる」ということ。

*2:「月に静かの海」も「月の静かな海」というタイトルだった…というか、今でも間違えたままでやんの。http://www.hmv.co.jp/Product/Detail.asp?sku=266120

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