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バベルの塔または火星での生活 このページをアンテナに追加 RSSフィード



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2005/06/14(火)

出会った頃の2人に戻りたい

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昔のアルバムで「出会った頃の2人に戻りたい」とい歌詞が頭をぐるぐる回り、

その曲を探す日々です。

人生はダイナマイト。ただ今不発です:オリジナル・ラブが帰ってきた。

オリジナル・ラヴの大抵の歌詞ならば見ればメロディが浮かんでくるものなのだが、その「脳内DB」にまったくヒットしなかったので意地になって捜してみた。

もしかして、『EYES』収録の「砂の花」ではないでしょうか?

最初の恋のように振舞えたらいい ただの奇跡さ

最初のときのように嘘をつけない 初めてのように通り過ぎればいいのか

砂漠のような生活の中で出会った心の安らぐ出会いの歌で、過去の別れを懐かしんでいるものではないです。ので、違っていたらすみません。

それにしても、「出会った頃の2人に戻りたい」とは、なんとも感傷的に後ろ向きな歌詞で、オリジナル・ラヴにそういう歌詞があるんだろうか?という違和感がまずあった。今回実際に確認してみて、たしかにそういう歌詞がオリジナル・ラヴにはまったくないことに気づかされた。

別れだとか過去への憧憬だとか、ネガディヴだったり「後ろ向き」な曲はもちろん多い。けれどもクールを装ったり、いやいやながらも現状はとりあえず肯定していたりして、あくまで視点は未来へ向いている。過去に感傷しているだけの曲というのが、本当にないのだ。「過去は振り返らない」と田島は公言しているけれども、音楽においてもまったくその通りなのだった。変化の中でも揺らがない「核」のひとつが、こういうところにあるのかもしれない。

「クールを装う」のが『結晶』のころで、「いやいやながら現状は肯定」というのが『L』のころ。今はすべてを受け入れ、そのどっちをも笑い飛ばしている感じ。それでも「夜の宙返り」とか「鍵、イリュージョン」でフッと本音が出てしまっているようだが。

件の「砂の花」の作詞は木原龍太郎だが、後の田島作詞の「水の音楽」への影響も大きいような気が、今した。癒されるのが女性ではなくて音楽であるあたりが、なんとも田島貴男らしい気もする。

サンボとロックと、結局は田島貴男

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http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20050612#sambo

rararapocariさんのサンボマスター感想。一時期折に触れ言及していて悪?影響を与えてしまっていた側なので、ようやく感想が読めて感慨もひとしお。

サンボマスターは、まさしく「バカ」が作った音楽だと思う。一本気、情熱、過剰。で、それが「ロック」なわけですよ。自分もそんな凡庸な「ロック」観を持ったロック教の信者なんだろうけど、罵るがよい、これほどの音楽を作り出す源泉の信者にならいくらでもなる。

田島も『風の歌』のころは、天然でこういう熱さがあった。今でもある。でも今のそれは、良くも悪くもある程度コントロールされている。

「ロックってさ、気を抜いちゃうと

 観念的なほうに流れてしまうことがあるんだよ。

 からだありきの歌、ということは、

 オレの頭の中に、いつもあります。

 オリジナル・ラヴ

 ずっと自分に課しているのは、そこです」

ほぼ日刊イトイ新聞 - 田島貴男のオレのニュース。

サンボマスターの今後で気になる(楽しみ)なのは、こういう現実とどう折り合いを付けていくかというあたり。

自分がオリジナル・ラヴを聞き続けている理由は、やはり「ポップス」ではなくて「ロック」でなんだなぁと思う次第。日本では「ポップス」と括られている人ほど「ロック」になっている(逆もまた真)のは、どういうわけなんだろう。